先日お墓への納骨の際にお勤めして欲しいと、村の方から声をかけていただき、先ほどその納骨のお勤めをさせていただいてきました。
夏の日差し厳しい中での屋外でのお勤めになりますので、先方の方が「夕方のほうが涼しいと思うから」と、ちょうど夕日が沈む景色の中でのお勤めとなり、ご家族の方々と一緒に、佛説阿弥陀経を読誦させていただきました。
さて、お勤めもおわり、納骨も無事すんだところで、「せっかくですので短いお話させて頂きますね」と簡単なお話をさせていただきました。そのお話をここにも残しておこうかと思います。
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なんまんだぶ
2012年8月7日
2012年8月5日
浄土真宗は私の信心を必要としない。(「他力本願」の「他」はだれであるか?という話)
カテゴリ:
口耳四寸記
自分ではなかなか「自分はこれでいいんだ」なんて本当に思うことなんてできない。どんなに考えたって、どんだけ鏡に写した自分の姿を見たって、どんなに「これでいいんだ」と考えようとしたって、でもやっぱり、自分では「これでいいんだ」なんて、心の底から思うことなんてできない。
その慈海を「そのまま」と呼ぶ声がある。
慈海は、何も信じていない。坊さんになった今でも、佛を信じることなんてできない。極楽浄土というところがあって、死んだらそこに生まれるなんて、信じられるわけもない。もし、目の前に金色に光る佛さまが姿をあらわしてくださったとしても、この目で見たその光景を、信じることなんてできないだろうと思う。「幻覚を見ているのだ。おれはアタマがおかしくなったんじゃなかろうか。」そう思うことが関の山ではないかとおもう。
実際に、自分の目でみた世界というのは、本当にその世界が見えているわけではない、というのは、だまし絵を見れば分かるはずだ。人間は、自分が見たいものを見る。白いものを黒く見てしまうのが人間の脳みその構造だ。「あばたもえくぼ」ということわざもある。同じ夕焼けの空を同じ場所で同じ時間に見ていたとしても、その夕焼けの空の色を、黄色と答える人もいる。赤と答える人もいる。橙色と答える人もいる。紫と答える人もいる。青と答える人もいる。同じ物を見ていたとしても、人によってその見え方は違うのだ。
その慈海を「そのまま」と呼ぶ声がある。
慈海は、何も信じていない。坊さんになった今でも、佛を信じることなんてできない。極楽浄土というところがあって、死んだらそこに生まれるなんて、信じられるわけもない。もし、目の前に金色に光る佛さまが姿をあらわしてくださったとしても、この目で見たその光景を、信じることなんてできないだろうと思う。「幻覚を見ているのだ。おれはアタマがおかしくなったんじゃなかろうか。」そう思うことが関の山ではないかとおもう。
実際に、自分の目でみた世界というのは、本当にその世界が見えているわけではない、というのは、だまし絵を見れば分かるはずだ。人間は、自分が見たいものを見る。白いものを黒く見てしまうのが人間の脳みその構造だ。「あばたもえくぼ」ということわざもある。同じ夕焼けの空を同じ場所で同じ時間に見ていたとしても、その夕焼けの空の色を、黄色と答える人もいる。赤と答える人もいる。橙色と答える人もいる。紫と答える人もいる。青と答える人もいる。同じ物を見ていたとしても、人によってその見え方は違うのだ。
2012年8月3日
おじさんが、この世でやりのことしたこと。(白骨の御文章)
カテゴリ:
日常
隣の家のご主人が数ヶ月前事故にあったそうです。乗っている車は大破して、意識も失ったものの、数日後には意識も取り戻し、大きな怪我もなく後遺症もなく、数週間前に退院されました。
数日前、家の玄関先を掃除してたらちょうどそのおじさんもいらっしゃって、「なんともないですか?」と声をかけると、「いやぁ、大変な目にあったよぉ。でもまぁ、ナントカ戻ってきたわぁ」と。そして、事故のあと意識がなかった時の話をしてくださいました。
「三途の川にはね、川みたいに水が流れてえんかったんやよ。なんていうのかな、水の渦みたいなのがぐるぐる渦巻いてるだけだった。へーんな光景やったなぁ。でな、ちょうど事故の三日前にこの前死んだ親戚の爺さんの納骨があったんやけど、その爺さんがその水の向こうにいるんやわ。ほかにも何人かいたなぁ。で、みんなして『帰れ、帰れ、お前はまだ来るの早い』と言うんやって。そんで気がついたら病室で寝てた。」
数日前、家の玄関先を掃除してたらちょうどそのおじさんもいらっしゃって、「なんともないですか?」と声をかけると、「いやぁ、大変な目にあったよぉ。でもまぁ、ナントカ戻ってきたわぁ」と。そして、事故のあと意識がなかった時の話をしてくださいました。
「三途の川にはね、川みたいに水が流れてえんかったんやよ。なんていうのかな、水の渦みたいなのがぐるぐる渦巻いてるだけだった。へーんな光景やったなぁ。でな、ちょうど事故の三日前にこの前死んだ親戚の爺さんの納骨があったんやけど、その爺さんがその水の向こうにいるんやわ。ほかにも何人かいたなぁ。で、みんなして『帰れ、帰れ、お前はまだ来るの早い』と言うんやって。そんで気がついたら病室で寝てた。」
2012年7月29日
「お念仏だけやのぅ」(阿弥陀経さんの話)
カテゴリ:
口耳四寸記
暑い日が続いています。夕方庭に水まき。ついでに玄関先にも水をまいて、少しでも涼を感じさせてもらっています。
さて、今日も玄関先に水を撒いていると、隣のおばちゃんがひょこひょこと顔を出して、
「暑いのぉ。水まくと少しは違うのぉ。」
と始まる世間話。
その内に、
「それにしても、毎朝の、とんでもないことやなと目が覚めるんやぁ。今日も命くんなさった(くださった)なぁと。今日もまた生かしてくださるんやなぁと、おかげさんの毎日やなぁと、なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ とでてくんなさるんやわぁ。」
齢(よわい)90近くのおばあちゃん。その人生いろんなこともあったでしょう。戦争もあった。震災もあった。病気のこどもを数十年看病して先立たれたこともあった。言葉では語りきることのできない、若輩者の慈海には想像も及ばないご苦労がたくさんたくさんあったと思います。
そのおばあちゃんの口から
「お念仏だけやのぅ」
と言わしめるのは、一体何なんでしょう。
さて、今日も玄関先に水を撒いていると、隣のおばちゃんがひょこひょこと顔を出して、
「暑いのぉ。水まくと少しは違うのぉ。」
と始まる世間話。
その内に、
「それにしても、毎朝の、とんでもないことやなと目が覚めるんやぁ。今日も命くんなさった(くださった)なぁと。今日もまた生かしてくださるんやなぁと、おかげさんの毎日やなぁと、なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ とでてくんなさるんやわぁ。」
齢(よわい)90近くのおばあちゃん。その人生いろんなこともあったでしょう。戦争もあった。震災もあった。病気のこどもを数十年看病して先立たれたこともあった。言葉では語りきることのできない、若輩者の慈海には想像も及ばないご苦労がたくさんたくさんあったと思います。
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「お念仏だけやのぅ」
と言わしめるのは、一体何なんでしょう。
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いただきものは、全て阿弥陀様にお供えさせていただきます。
慈海は阿弥陀様からお下がりを頂きます。
ギフト券は"kuz333@gmail.com"宛で慈海に届きます。
>>こちらからも慈海のほしい物リストをご覧いただけます。
合掌 なんまんだぶ
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